血液循環療法協会
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1、血液循環療法の創始
明治43年貿易商であった小山善太郎氏は自らの闘病体験から、聖書の中にキリストが指で難病を治した故事をヒントに高尾山で修業し「血液循環療法」 を創始し、驚異的な治療効果がありました。
血液循環療法創始者小山善太郎先生

実例)床次竹二郎内務大臣(政友会総裁)の胃癌を治療して治った。そのことを講演会で紹介したら、警視庁が「手でガンが治るわけがない。誇大宣伝だ。」と取り調べたら、床次内務大臣が「病院で胃癌と診察されたが、小山君が治してくれた。これは事実であるからどこででも証言する。」と話したというエピソードが伝えられている。(文献「家庭における実際的看護の秘訣(通称赤本」海軍軍医・築田多吉著、「指圧療法」増永静人著に紹介)


 文久3年(1863) 岡山県浅口郡玉島町で生まれる。(現・倉敷市)
 5代前の先祖が赤穂藩家老小山源五左衛門。(大石良雄蔵之助の叔父)
 20歳、岡山で商業を学ぶ・神戸で花筵麦藁真田の貿易を始める。
 農商務省の視察団で豪州に行く。「経木真田」の貿易を始める。
 40代半ばでリウマチになり手足の自由を失う。
 病を克服し血液循環療法を創始する。
 「百病治癒秘訣」を出版する。友人徳富蘇峰氏(ジャーナリスト)の紹介で全国に広まる。


*「血液循環療法創見の経緯」
貿易商だった小山氏は原料仕入れのため豪州や北海道に行くうちに「リウマチ」にかかり手足が利かなくなりました。当時名医と言われた東京帝国大学病院長に診察を受けましたが、「リウマチがなおる薬はない。転地療養でもして気長に養生するしかない。」と言われがっかりしました。しかし、武州高尾山にこもって断食修行した時に、大木に蔦が絡んで枯れているのを見て「血液の循環」の着想を得ました。それが「血液循環療法」創見のきっかけとなりました。(参考文献「百病治癒秘訣」小山善太郎著)

血液循環療法記念碑に集合(多摩霊園)

2、 二代目村上浩康先生 奇跡的ともいえる治験例
昭和11年、徳富蘇峰が紹介した新聞記事を読み、習得することを決意、当時、東京赤坂溜池町にあった血液循環療法の小山先生に入門。2か月で免許皆伝(通常修業期間は3か月)小山先生から跡を継ぐように勧められましたが、郷里の仙台に老母が待っているため、帰って開業。以来、師にも勝るとも劣らない輝かしい実績を上げました。
*ガン、リウマチ、白血病、心臓病、などなど多くの実績があり、東北大学医学部付属病院に入院中の肝硬変末期の患者を出張治療して良くしたので担当教授も驚き、認められて同療法の普及に協力したというすごいエピソードがあります。(参考文献「血液循環療法・切らずに治る自然療法の決定版村上浩康著)その教授はのちの東北大学総長、癌研病院長、昭和天皇にもご進講をした学士院院長を歴任した日本の医学界のトップに立った内科学の権威。
しかしながら、治療法は一般に広まることなく知る人ぞ知る存在でした。それはなぜか?ここに現代医療の問題点があります。本当に効果のある治療法、しかも薬や器具を使わず治る治療法が普及しないのは、しては都合の悪いことがあるから。日本の国民医療費は毎年1兆円ずつ上がり、38兆円を突破しました。医学が発達すればするほど、皮肉にも病人が増え医療費が増え続けるのです。医薬産業はますますビジネス化していくのです。

3、秘技として脈脈と伝えられた秘訣を三代目大杉幸毅先生が一般公開、指導。
三代目大杉現会長は農林水産省勤務の国家公務員でした。しかし、血液循環療法と出会ってその後の運命が大きく変ました。
「血液循環療法って、すごい治療法がある。」「ガンやリウマチ、心臓病がなおっている。」
「しかも手だけを使って治療する。そんなことで難病が治るのか?」「キリストや空海ならいざ知らず。そんなことがありうるのか?」ところが、実際にあったのです。「これはすごいことだ。しかし、誰にも知られていない。」「この治療法を広めたら多くの人が救われるのではないか!」「そう思うと、公務員のぬるま湯にどっぷりつかって一生を過ごすより、もっとやりがいのある男子一生の事業だ!」思うとすぐ実行したくなる。そこで、治療法をひろく普及するため職をなげうって、二代目村上氏に弟子入りして習得し、普及活動を始めました。S57鍼灸学校卒業と同時に「大杉治療院」を開業。その後、「血液循環療法協会」を結成し、各地でセミナー開始。平成12年には大阪に血液循環療法専門学院を設立。多くの弟子を養成し、全国で活躍しています。


講演活動で血液循環療法の普及活動をする3代目大杉会長

5、卒業生の目覚ましい活躍
1年先まで予約が取れない治療院。いつも予約がいっぱいで新規患者の受け入れができない治療院。腕さえよければ大盛況、患者でいっぱいになる。それだけ治らないで困っている人が多いということです。


予約待ちでいっぱいの「合気院」(新潟県新発田市)訪問

毎年秋季研修会で症例発表会(実績)を実施し、その成果を小冊子「症例研究」(1号~21号)「血液循環療法症例集」(千書房)として出版。


チェリノブイリ放射能汚染後遺症の治療実演(秋季研修会)


チェリノブイリ放射能汚染後遺症の治療実演(秋季研修会)


ウクライナでボランティア治療して現地の新聞に紹介された古田先生


H23年7月緑陰研修会(東日本大震災の避難者へのボランティア治療・東松島市)

1、 コツさえ覚えたら誰でもできる。
失職中、フリーター、定年後のライフワークとしてやりがいのある一生の仕事、女性も力がいらないので向いています。覚えておけば家庭で、職場でいざというとき助かる、また、「いつでも、どこでも」できる自己治療法、これは一生の宝物となるでしょう。



血液循環療法歴史年表


1910年(明治43年)  小山善太郎先生が自らの闘病体験から聖書の中のキリストの故事をヒントに高尾山で修業し「血液循環療法」を創始した。

1934年(昭和9年) 多磨霊園に血液循環療法の記念碑が建立される。

1935年(昭和10年) 小山先生が「百病治癒秘訣」を出版。新聞で徳富蘇峰氏が紹介し評判となる。

1936年(昭和11年) 村上浩康氏が小山先生に入門し仙台で開業。

1948年(昭和23年)  村上先生が東北大学病院に入院中の重症患者を治し、同大学医学部黒川利雄教授から認められ普及に協力される。

1961年(昭和36年)  村上先生の治療で治った患者さんたちによる後援会「健康友の会」が結成される。

1980年(昭和55年)  大杉幸毅氏が同療法を普及するため農林省を辞め、村上先生に入門修業。

1982年(昭和57年 仙台で開業し、「血液循環療法普及会」を結成。
(のちに普及会を協会に改称)

1986年(昭和61年 「切らずになおる・血液循環療法」(村上浩康著・大杉幸毅編)を出版。日本みどり会馬淵道夫医師に絶賛され大反響になる。その後、講習会(セミナー)を仙台、東京、大阪、奈良、  小樽、名古屋、福岡で開催。

2000年(平成12年) 「血液循環療法専門学院」(大阪府豊中市)を設立。

2010年(平成22年) 血液循環療法創見から100年経過。

2011年(平成23年)>  「夢21」(わかさ出版)で「ひざ押圧」として紹介され大反響になる。7月東日本大震災の被災者にボランティア治療実施(東松島市)。

2012年(平成24年) 3月と7月福島原発事故避難者にボランティア治療実施。(会津若松市)

2014年(平成26年) ウクライナでチェリノブイリ原発後遺症の人々にボランティア治療をするため会員を派遣。  血液循環療法協会及び会長がNPO法人日本綜合医学会から表彰される。

2015年(平成27年) 2015年(平成27年)  チェルノブイリ子供の痛みを取るプロジェクトに会長が参加し、セミナー、治療を行い成果を上げ、現地の新聞とテレビニュースで紹介される。

 


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